東京地方裁判所 昭和27年(ワ)4517号 判決
原告 パナマ国法人 コンパニア・デ・トランスポーテス・デル・マー・ソシエダツト・アノニマ
被告 又一株式会社
一、主 文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し米貨金六万ドル及びこれに対する昭和二十七年七月九日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「原告は海上運送業を営む商事会社であるが、昭和二十七年三月二十九日被告との間において、(イ) 原告所有の汽船アガチ号(総屯数一〇、四〇〇屯)全部を傭船の目的とする、(ロ) 原告は米国のコロンビア・リバー、ブユーゼツトサウンド若くはポートランド又はブリテイシユ・コロンビアのバンクーバーのうち被告の指定する港において小麦最小限度八、二八〇屯最大限度一〇、一二〇屯を積載してこれを被告の指定する日本の港まで運送する、(ハ) 船積期間は昭和二十七年六月十五日から同年七月十五日までとする、(ニ) 運送賃は一屯につき米貨十二ドル五〇セントとするとの傭船契約を締結し、なお、この契約の準拠法を米国連邦法とする旨の合意をした。そこで、原告は被告の指図があり次第、前記船舶を船積港に回航することができるよう万全の準備をととのえていたが、昭和二十七年四月二十一日被告からの切なる申出により、船積期間を同年七月一日から同月三十一日までに変更することを承諾したところ、同年六月十日に至り更に被告からこれを同年七月から同年十二月までに変更されたいと申し入れてきたので、この申入には同意できないから約定の期間内に船積するよう回答した。ところが被告は同年六月十四日あらかじめ船積を拒絶したので、米国連邦法により本件傭船契約は同日解除された。米国連邦法によれば、発航前に傭船契約が解除された場合、船主は傭船者に対してその不履行によつて生じたすべての損害の賠償を請求することができることになつており、傭船者が約定の船積期間内に船積しないため契約が解除された場合において、その当時の海運市場における運送賃が約定運送賃より下落しておれば、船主は傭船者に対しその差額を損害額として請求することを認められている。本件傭船契約においては、運送賃は一屯につき米貨十二ドル五〇セント、船積数量は八、二八〇屯から一〇、一二〇屯までであつて船主の選択により最大限度まで船積することができる約束であり、前記契約が解除された当時海運市場における小麦等の運送賃は、一屯につき米貨六ドル五〇セントに下落していた。そこで、原告は被告に対して本件傭船契約の不履行に基く損害として約定運送賃との差額一屯につき六ドルに船積数量の最大限度一〇、一二〇屯を乗じた金額即ち米貨六〇、七二〇ドルを請求することができるが本訴においてはそのうち米貨六万ドル及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和二十七年七月九日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、
被告の本案前の抗弁に対し、「本件傭船契約書付帯条項第十一項に被告の主張するとおりの仲裁契約の記載が存することは認める。しかしながら(一)この仲裁契約の存在は、次の理由により妨訴抗弁とすることができない。すなわち、(イ) この仲裁契約はその成立、効力、手続等すべて米国連邦法による定めであつて、日本の民事訴訟法によれば、当事者が仲裁手続につき外国法におけると同一の手続によるとの合意をすることをさまたげないが、本件のようにその成立及び効力までをも外国法に準拠する仲裁契約は、日本の民事訴訟法上の仲裁契約であるということはできない(大正七年四月十五日大審院判決参照)。そして妨訴抗弁とすることができるのは、わが民事訴訟法上の仲裁契約に限られる。(ロ) 仲裁契約の存在が妨訴抗弁となる根拠は、これによりいわゆる判決請求権を放棄したものとみられるという理由のほかに、その仲裁契約に基いてされる仲裁判断に確定判決と同一の効力が与えられ、これによつて執行することができ、私権救済のみちが確保されていることによる。本件仲裁契約によれば、原告が米国の司法裁判所に対する判決請求権を放棄したものと認められるとしても、わが国における判決請求権を放棄したものとはいえない。しかも、わが民事訴訟法には外国仲裁判断の効力及び執行についての規定がないのであつて、わが国が昭和二十七年二月四日に加盟した千九百二十七年九月二十六日ジユネーブで署名された外国仲裁判断の執行に関する条約も、加盟国領域内で成立した仲裁判断に限り相互にその効力及び執行を承認するにすぎず、米国はまだこれに加盟していないのであるから、原告が米国において本件仲裁契約に基く仲裁判断を得ても、日本においてこれを執行することができない。原告としては、被告の裁判籍がある日本の裁判所に、日本の民事訴訟法に従つて訴を提起する以外に救済を得る方法がないのである。(ハ) 仲裁契約を理由として訴の却下を求めることができるかどうかは、仲裁契約の効力の問題であるから、米国連邦法において仲裁契約の存在が訴却下の理由となる場合にはじめて本訴を却下すべきものであるが、米国連邦仲裁法第三条によれば、仲裁契約の存在は、訴訟の中止の事由になるだけであつて、これを理由として訴の却下を求めることはできない。しかも米国連邦裁判所の判例によれば、この規定は連邦法による仲裁契約についてのみ適用があるもので、外国法による仲裁契約についてはこの規定の適用がないとされている。(ニ) 仮に本件仲裁契約の存在が妨訴抗弁となるとしても、この契約は本件傭船契約に付随するものであるから、本件傭船契約が解除となると同時に、これに伴つてその効力を失つたのであつて、被告の妨訴抗弁は、この点においても排斥されるべきである。」と答えた。
被告訴訟代理人は、本案前の主張として主文と同趣旨の判決を求め、「本件傭船契約の追加書には、第十一項として『船主と傭船者との間に紛争を生じたときは、係争事項はニユーヨークにおいて三人-両当事者が各一人を指名し、他の一人は当事者の選定に係る右の二人が指名する-の仲裁に付託すべきものとする。この三人の決定(仲裁判断)又は三人中の二人の決定は最後的であり、仲裁判断を強行する目的のためには、この合意を裁判所の命令とみなすことができる。仲裁人は商人たるものとする。』との約定があり、この仲裁契約は本件傭船契約の準拠法である米国連邦法によつて有効である。すなわち千九百二十五年二月十二日制定の米国連邦仲裁法によれば、海上取引についてその取引の全部又は一部の履行拒絶による紛争を仲裁で解決する旨の書面による約定は、有効であつてこれを取り消すことができない。訴の提起があれば裁判所は仲裁判断があるまで訴訟を中止し、当事者は裁判所に仲裁手続によるべき旨の命令を求めることができる。また仲裁判断に基いて判決すべき旨の合意があるときは、当事者は仲裁判断の後一年以内にその判決を求める申立をすることができ、かような合意がなくとも、当事者は仲裁判断に拘束されるから、普通の訴訟によつて仲裁判断の内容どおりの判決を受けることができる。従つてまず仲裁判断を受くべきものであつて、まず訴を提起すべきものではない。わが国の民事訴訟法においては、仲裁契約の存在をもつて妨訴抗弁とすることができるのであつて、その仲裁契約が外国において仲裁判断を受ける契約であつても同様である。わが国の民事訴訟法には外国仲裁判断について明文がないけれども、仲裁判断に効力を認めるのは、当事者が仲裁契約において表明するところの仲裁人の与える判断に対する服従の意思にその効力を付与したのであるから、このような当事者の意思を承認するのに、原則として領土的限界に服させる理由はなく、外国仲裁判断は民事訴訟法第七百八十六条及び第七百八十七条の規定の趣旨に適合する以上、同法第八百二条の規定の適用ないし準用によりわが国において強制執行を許されるのである。このためには同法第二百条の適用はなく、従つて相互の保証のあることを要件としない。わが国は昭和二十七年八月に千九百二十七年九月二十六日ジユネーブで署名された外国仲裁判断の執行に関する条約に加盟したが、外国仲裁判断の執行について特に法律を制定しなかつた。それはその執行が現行法で可能であるからである。仮に外国仲裁判断に執行力がないとしても、もともと訴権又は執行権の放棄は有効であるとされているのであるから、外国仲裁判断に執行力がないということから外国仲裁契約の存在が妨訴抗弁にならないという結論は出てこない。以上の次第で本件訴は不適法であるから却下されるべきである。」と述べ、
本案につき、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、「原告の主張する事実のうち原告がその主張するとおりの会社であつて、被告との間にその主張の傭船契約を締結したこと(但し契約内容中(イ)の点を除く)、この契約の準拠法を米国連邦法とする旨の合意があつたこと、原被告間に船積期間の変更について原告主張のとおりの交渉が行われたことは認めるが、その他は否認する。傭船契約の目的である船舶は特定されておらず、リバテイー型蒸気汽船でロイド登録簿船級一〇〇A-一又はこれと同等の船級のものという約定であつた。」と答えた。
三、理 由
被告の本案前の抗弁について判断する。
本件傭船契約について原被告間に「船主(原告)と傭船者(被告)との間に紛争を生じたときは、係争事項はニユーヨークにおいて三人-両当事者が各一人を指名し、他の一人は当事者の選定に係る右の二人が指名する-の仲裁に付託すべきものとする。この三人の決定(仲裁判断)又は三人中の二人の決定は最後的であり、仲裁判断を強行する目的のためにはこの合意を裁判所の命令とみなすことができる。仲裁人は商人たるものとする。」という書面による仲裁契約が結ばれたことは当事者の間で争いがなく、かような仲裁契約は、米国連邦仲裁法によれば、有効であると解せられる。ところで、我が国内において仲裁契約が存在する場合には、被告がこれをもつて妨訴抗弁とすることができることは、わが民事訴訟法の解釈上疑をいれぬところである。本件仲裁契約は、原告の主張するとおりその成立、効力手続等すべて米国連邦法によるものであるが、かような外国における仲裁契約の存在もまた妨訴抗弁となると解するのが相当である。けだし、仲裁契約の存在をもつて妨訴抗弁とする理由は、仲裁が当事者において訴訟手続によらずに私人である仲裁人の判断に服従することを約し、紛争を自主的に解決しようとする手続であつて、訴訟に代る作用を営むものであるから、当事者がこの手続に依存する意思を表明している以上、国家はその意思を尊重して当事者をしてこれによらしめ、紛争を自主的に解決させる方が国家としても得策であるという点にある。この理由からすれば、問題は国家司法の権威とは関連がないわけであるから、当事者の意思の承認に国境を画する必要は全然ないのである。原告の引用する大審院判例も、これと見解を異にするものとは認められない。
原告は、かように解するときは、本件仲裁契約に基いて仲裁判断を得てもわが国においてこれを執行することができないから、権利救済のみちを絶たれることになると主張するけれども、前に述べたと同様の理由により、外国の仲裁判断についてもわが国の仲裁判断と同様にわが民事訴訟法第八百条第八百二条の適用があると解するのが相当であつて、わが国における大多数の学説もこれと見解を一にしている。原告の引用する大審院判例もこれを否定したものとは解することができない。なお米国が千九百二十七年九月二十六日にジユネーヴで署名された外国仲裁判断の執行に関する条約に加盟していないということは、この解釈に何ら関係のない事柄である。従つて本件仲裁契約に基いてされる仲裁判断は、民事訴訟法第八百一条に掲げる理由のない限りわが国においても執行することができるのであるから、原告は権利救済のみちをとざされたことにはならないわけである。
次に原告は、米国連邦仲裁法第三条及び連邦裁判所の判例によれば、仲裁契約の存在は訴却下の理由とはならず、ただ訴訟中止の理由となるにすぎないばかりでなく、外国法による仲裁契約は訴訟中止を求める理由とはならないとされているから、本件仲裁契約の存在することを理由として本訴を却下すべきではないと主張する。しかしながら、仲裁契約の存在が現に係属する訴訟にいかなる影響を及ぼすかという問題は、その訴訟の係属する国の法律によつて判断すべきであつて、当該外国法によつて決定すべきではない。このことは、民事訴訟法が常に属地主義を採用していることから生ずる当然の結果に外ならない。
更に原告は、本件仲裁契約が妨訴抗弁となるとしても、この契約は本件傭船契約に付随するものであつて、傭船契約が解除されると同時にその効力を失つたと主張するけれども、本件仲裁契約は、当該傭船契約について紛争が生じた場合これを解決する方法として合意されたものであるから、傭船契約が解除されてもこれに従属して運命をともにすべき性質のものではなく、むしろ本件傭船契約の解除をめぐつて紛争を生じた場合にこそその存在理由があるものであり、従つて傭船契約が解除されても本件仲裁契約はこれに伴つて失効するものではないといわなければならない。
以上の理由により、本件仲裁契約の存在は、本訴につき訴訟障害の事由となるものであり、被告の妨訴抗弁は理由があるから本件訴は却下すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古関敏正 田中盈 小林信次)